アドニスたちの庭にて “花散らしの風”

 


 壮麗華厳に春を彩った優美な桜も、東京ではそろそろその裾からほろほろと散り始めてる。道端に花びらが一杯張りついていて、見上げた先の梢では…萌え始めてる若葉の緑が花の色を追い抜き始めてて。
“明日は風のある冷たい雨になるって話だしな。”
 それに打たれてしまったら、もっと随分と散ってしまうんだろうなと、ちょっぴり寂しいものを感じながら。半分若葉色に塗り替わりつつある桜並木を見上げたのは、濃紺の詰襟制服に包まれた小さな背中。駅から続くゆるやかな坂道は、2種類の制服を着た男の子たちでほぼ埋められていて。初等科や中等部のブレザーと高等部の詰襟タイプのものの濃紺とが入り乱れて、全体的にのんびりしたペースで上へ上へと上ってゆく様はなかなかに壮観だ。お帽子をかぶった小さな小学生たちが何人か、お揃いのレッスンバッグを振り回しつつ、ふざけ合いながら駆け抜けてゆき。そんな彼らが飛び込んだ初等科の正門では、待ち受けていた先生から“お兄様方にぶつかりますよ”という注意が飛んでいる。ざわざわという語らい合いの声のオクターブが少し低くなって来たのは、年が若い順に自分の通う学校へと吸い込まれて減ってゆくからで。ブレザー姿がすっかりいなくなると辺りは高校生ばかりとなる。下級生たちが部の先輩などへ朝のご挨拶の声をかけているのがずんとくっきり聞こえるようになり、どこの部にも所属してはいない自分へも、こんなに小さくたって先輩だと分かるのだろう顔触れが“おはようございます”の声をかけて来て、それへとにっこり笑顔つきでお返事を返しつつ、

  “…二年生か。”

 瀬那には二度目の高等部での一学期が始まって、もう2週間が経つ。同級生たちのみならず、先輩さんにも後輩さんたちにも同じ学園の同じ中等部からの持ち上がりが多いとはいえ、それでも…下ろしたてのキャンバスとか新品のノートみたいな、新鮮さやらそれと向かい合う晴れやかな緊張感やらが、何につけ必ず付いて回るような気がしていたものが、そろそろ落ち着き始める頃合いだろうか。部活に関わりのないセナには特に何かが変わったという実感も今のところはまだ薄いが、その下準備にパタパタし始めている、新入生歓迎の球技大会“青葉祭”が近いなぁと思えば、あのね? もう1年が経ったんだなぁって、しみじみしちゃったりもするの。
“だって去年の今頃は…。”
 高等部へと進級したばっかりだったセナの身に、ただならないことが降りかかって来ていたから尚のこと印象も深い。ここの伝統…というか、高等部にのみの内緒のしきたり。どこか頼りなかったり、引っ込み思案で覚束ないというような下級生へ、上級生のお兄様が、

  《 判らないことは私が教えます。
    あなたを守ってさしあげますよ、だから頼って下さいね?》

 そんな風に申し出て下さり、学内でだけの“お兄様と弟”という関係でいるというもので。ところが、この“絆の誓約”をセナと結ぶ間柄になりたがっていた上級生の方々が何人か重なってたものだからと、ゴタゴタしかかっていたのを何とかして下さったのが生徒会の皆様であり。そして…晴れてセナくんの“お兄様”になって下さったのが、実は初等科時代からのずっとを憧れていた進清十郎さん。怯えていたセナへ、この自分に守らせてくれないかと申し出て下さり、校章の交換をして下さったのがどれほど嬉しいことだったか。
“えへへvv ///////
 こらこら、朝っぱらからゆるまない。
(苦笑) そんな事件がからんだ始まり方となった高等部での新生活は、そのまま生徒会の皆様と…校内行事を追いかけもって忙しく過ごしたせいでか、あっと言う間に過ぎ去ったという観があり。早かったなぁとあらためて思い返しつつ、
“皆さん、外部の大学へ行かれるんだろうか?”
 そんな想いも ついついちらり。だってね、セナくんが二年生になったってことは、お兄様や生徒会の皆様方は最高学年の“三年生”になられるということ。桜庭さんと高見さんは、このまま上の大学へ内部進学なさるみたいだけれど、蛭魔さんはアメフトのチームがあることで有名な大学から幾つもスカウトが来ているというお話で。それを聞いた桜庭さんが子供みたいに判りやすくも膨れてらしたなぁ。
『そんなの、ウチのガッコにもチームを作れば良いだけの話じゃないか。』
『バ〜カ。新規チームは最下層リーグからの始まりだぞ?』
 それだと、一番上の1部リーグまで毎年の入れ替え戦で勝ち上がってくとしたって、最速でも3年かかってしまうのだそうで、
『トップに到達した途端に最高学年ですね。』
 生活や進路を考える時に一番にと優先させるほど、そうまでアメフトが大好きで。しかも、そちらの世界からも評価されている実力を持つという、あの金髪の諜報員さんとしては…就職活動はしないのかもしれないが、それでもね? 学力的にだってもう少し上のランクの大学を軽々と狙える方なんだからと、アメフト部が有名な大学への進学を当然ながら考えていらっしゃるらしく、
『俺はそうまで気が長い人間じゃねぇんでな。』
『………意地悪。』
 桜庭さんは泣き真似をしてらしたが、蛭魔さんの決意は変わらないご様子だった。
“自分の意志でどこだって選べる蛭魔さんやボクと違って、桜庭さんはお家柄からここを卒業しなくちゃならない身だしな。”
 現代日本を代表するとまで言われているほどの大企業、関係財団も国の内外に山ほどあるという“桜花産業”の主家の御曹司の桜庭さん。何でも、この白騎士学園を創立した方々と縁があるお家なのだそうで。そんなご縁があることをつなぎ続けるためにって意味から、桜庭さんのお家の男の子は皆、ここを卒業しなきゃいけないらしいのだと、高見さんにこっそり教えていただいた。ちなみに、高見さんのお家も桜庭さんのお家を補佐する立場の方々を多く輩出しているのだそうで、そんなご関係もあって、やはりここの大学へと上がってそこを卒業なさるのだとか。レベル的には他の有名私立大学とだって決して引けを取らない総合大学だけれども、それでも蛭魔さんみたいに自分の進路とはそぐわないからってことから外部大学を受験する人は結構いる。でもでも、逆に…桜庭さんのように、この時点からもう既にお家の事情の方が優先されていて、自分の進路を自分の意志で自由には決められない方も少なからずいらっしゃって。

  “進さんは…。”

 セナのお兄様で生徒会の副会長、昨秋からは剣道部の部長にもなられた進清十郎さんも、有名処の茶道の宗家の長男坊ではあるが。彼のお家の場合は、必ずしも長男が跡取りになるという“決まり”はないそうで。
『そうね。いくら家元の家系の人間であれ、宗主に相応しい子供がいなかったなら、お弟子さんの中から決まるってことだってあるわよね。』
 ウチみたいな、作法とか真理の把握の仕方とか、形の無いものを継承するものへは、血統ばかりが優先されはしない場合も珍しかないからねと。進さんのお姉さんで、次のお家元になられるという たまきさんが、そんな風に説明して下さったことがある。財産資産の譲渡がからむ話だと、それが財団という形で管理されてるものであっても“親族じゃないと…”なんて運びにもなるんでしょうけれど。茶道や華道、舞踊なんてものは、才能がないとか勘が悪いとか、一番熱心に叩き込まれてもそれでも向いてないってよな子が継いでも、結句 お話にならないしねと。あっけらかんと仰有った豪気なところもまた、多くの人たちの上に立つ立場には必要な“貫禄”という素養なんでしょうねと。そんなこと、思ってしまったセナくんだったのだけれど。でもね、形式やお作法をを追及することが精神修養になるというのなら、進さんもきっちりこなせている人なのになって後から思ってたら、桜庭さんがこっそりと付け足して下さった。
『進は随分と小さい頃からお茶の道より武道の方に関心があったもんだから、たまきさんがそこを見抜いて“じゃあお家の方は自分が継ぐわ”なんて言い出したらしいよ?』
 特にやりたいものがあった訳でなし、社会を知りたきゃ知り合いの伯父様のところで非常勤務のバイトとして雇ってもらえば、事務職でも営業でも経験出来るんだしと。そんな風に言い出して、進さんへの打診がかかる前に自分から立候補しちゃったんだって。丁度その当時は、進さんも…通ってた道場の師範から師範代に推挙したいっていうお話を受けていた頃合いだったそうで。
『助け舟って訳じゃないからねって。恩に着なくても良いわよって笑ってたって。』
 表現体がさばさばしてる人だから ちょっぴり分かりにくいけれど。人の気持ちとか立場とか、なかなか侭ならないものの関わり方までもを深く洞察出来て、しかもそれを何とかしちゃおうという行動力までもが伴っている凄い人であり。
『そういうのが、本当の“優しい”ってことなんだろうね。』
 誰の見解でもすんなり許諾しちゃえて、人を簡単に受け入れられるとか。垣根が低くて人当たりが柔らかいってだけじゃあダメ。許すと言った以上はそれをずっと貫き通せなきゃ嘘だし、その場しのぎだったりした日にはサイテーな話だし。容認した人やものを支えるための責任が伴われてない優しさは、ただの優柔不断と一緒なんだよねと教えて下さった桜庭さんだった…んだけれども。
『…そう思うんなら、安請け合いして引き受けたこの申請書の束の整理は、全部お前が手掛けて一人で片づけな。』
『ふにゃ〜〜んっ! 妖一の意地悪〜〜〜っ!』
 ………桜庭さん、口先ばっかりが立派ってのじゃあ、行動派の恋人さんから愛想を尽かされちゃいますぜ?
(苦笑) 最後だけ大きく脱線しちゃいましたが話を戻そう。
“…進さんはどうされるんだろうか。”
 別にね、高等部のお隣りの敷地にある大学の学舎への進学だって、遠くの大学に行かれるのと同んなじで、今ほど そうそう頻繁に逢えるというものではなくなるのだけれど。でもでも、遠くへ生活の場を移されてしまうっていうのはね、やっぱり少しは寂しいかなって思うセナくんで。ただの“例え”でもお胸の奥がつんと冷たくなりかかるほどだから、ホントにそうなるんだなんて決まってしまったら、

  “………あ、どうしよう。”

 ちょっと辛くなって来たかも。慌てて“ぷるぷるっ”とかぶりを振ってそんな嫌な想像を振り払っていたらばね、

  「せ〜んぱいっvv
  「あやや…。///////

 勝手な想像に翻弄されて、一人でわたわたしていた心情までもを透かし見られちゃったかなとばかり、一際ドッキリしちゃったセナくんを、余裕ですっぽりとその懐ろへ掻い込んでしまえた長い腕。胸の前へと肘同士がくっつくほど交差させても余るほどに回されたことで、それで相手が判ったほどのノッポさんと言えば。
「水町くんだな?」
「PINPO〜N♪」
 アメリカでもそれなのか? ring ring じゃないのか?
(苦笑) にっかり笑った大きな後輩さんが、ふんわりと抱えていた腕を緩めてくれて、
「おはようございますvv
 日本流のご挨拶にと腰を折ってちょっぴり屈むと、屈託のない笑顔を見せてくれた、相変わらずのお茶目さん。日本人だけれどアメリカで生まれ育ったというバイリンガル少年で、しかもしかも2メートル近いという途轍もない長身の新入生。中等部時代に1年間だけセナの下級生だった、水町健悟くんという男の子。まるで長い毛並みの洋犬を思わせるような、ぽさぽさとあちこちが撥ねた長いめの茶褐色の髪もまた相変わらずだが、それってやっぱり…かっちりとした濃色の、軍服にも似た詰襟制服にはちょいと浮いてて見えるような。
“…まあ、先生からはさほどキツク注意されてないって言うし。”
 それならそれで“ピアスまでして生意気なんだよ、お前”とばかり、こんなことへ絡んで来るような性分
タチの悪い不良もいない…筈だし。大丈夫だとは思うのだけれど、でもでもやっぱり。心配そうにじぃっと見上げてた先の、腕白そうなお顔が“んん?”と小首を傾げたそのタイミングへ、
「あのねあのね? 誰かに何か言われたり、苛められそうになったらね…?」
 頼りないかも知れないけれど、ボクんとこまで言いに来てって言いかけた小さな先輩さんへ、
「だ〜いじょうぶだってば。」
 皆まで言わせず、彼の側からこそ励ますように、大きな手がセナの肩をポンポンと叩いてくる。
「中等部の時の友達もいるし、駿だっているしね。」
 昔とは環境が違うし、それにこれが一番重要なことだと、人差し指を立てて念押し。
「俺の方にしたって昔ほどガキんちょじゃないもん。」
 だから don't worryネ 心配しないでと、やっぱりお元気に笑ってくれた、腕白で優しい子。あんまり明るい笑顔だったもんだから、
「…うん。」
 判ったとやっと笑い返せたセナではあったが、
「その筧くんはどうしたの?」
 一緒じゃないねと辺りを見回す。アメリカでの幼なじみだと紹介された、水町くんのお友達。やっぱりずば抜けて背が高かった黒髪の君で、確か彼のお家に下宿してるって言ってたのにと、訊いたセナであり。極端なほどに背丈に格差がある二人連れは、一定方向に流れてる人波の中にあって、やっぱりかなり目立つのか、周囲からの視線もちらちらと向けられているのだが。このノッポな水町くんと同じくらいの長身だった、彼のお友達の姿は今はどこにも見えない模様。
「ああ、駿は今日、日直なの。」
 だから先に出たんだよと手短に説明し、さすがに道のど真ん中につっ立ってては邪魔かなと思ったか、
「ちょっとゴメンね。」
 片方の腕だけを腰から背中へと回して来て、ひょいっと抱えた先輩さんごと、道の傍へと身を避ける。
「あやや…。//////
 そうだったの。ただ大きいばっかじゃなく、力持ちでもある水町くんで。小さくて体重も軽いセナなんて、彼にすれば子供扱いなんだろなって思うほど。でもね、
「先輩にごめんなさいです。」
 こういうところは…お勉強したのかな? セナの方が“目上”なのに荷物扱いしては失礼だってこと、ちゃんと持って来られるようにもなっていて。眉を下げてるお顔が本当に可愛いったら。気にしないで良いよって言ってから、
「凄いねぇ、頑張ってるんだ。」
 偉いねぇって微笑ったら、ずっと小さな子供みたいに“えっへん”と胸を張って見せるところが、愛嬌たっぷりで尚のこと可愛いvv
“…どかすると進さんより背が大っきいのにね。”
 進さんの場合は、凛然とした態度を保ったままにての、寡黙で折り目正しく礼儀を守る人、な訳だけれど。そんな彼より体格も良いのに“可愛いな”なんて感じるとはと、それを思うと不思議だよね、と。目許を細めてたいそう和んだお顔をするセナくんであり。そしてそして、
「えへへvv ///////
 そんなセナくんのお顔を、こちらさんもそれは嬉しそうに見下ろしている水町くんだったりする。

  “やっぱ、変わってないんだもんなvv

 ただただ柔らかな人当たりでもって優しく構ってくれただけじゃない。心配もしてくれたし、健悟くんの方が悪い場合はちゃんと叱ってもくれた人。
「???」
 どうしたのって目顔で問われて、ちょこっとどぎまぎしたけれど、
「いやあの、駿がサ。」
 まだどうしても馴染めないような“お行儀”へは、彼がフォローしてくれてるんだと付け足せば、
「そうなんだ。」
 やっぱり素直に感心してくれて、
「なんて言うのかな、1つ2つ先を見てるような人って感じがしたもの。」
「あ、そうそう。そうなんだ、あいつって。」
 それももっとずっと子供の頃からだよ? 今なら大人っぽいネで済むけどサ、小学生の頃から“怒らせた大人にはとりあえず謝っとけ”とかってのを徹底させてたんだから。
「だから、俺、あいつには頭が上がらないの。」
 おどけて言いつつ、でも…それが嫌なことではないって響きがしたからね。そんなに仲良しさんなんだねって、聞いてた側までが何だかホッとしちゃって。
“良かったねvv”
 もう、あんな思い詰めたようなお顔はしないよねって。それがしみじみと嬉しいセナくんだったらしい。家族からも離れての異国にて、友達も出来ないままに寂しそうにしていた大きな背中が痛々しかった。何もないところを睨みつけて、棘々しいお顔になってた彼が、気になって気になってしようがなかったから。春の朝の真新しい空気の中、こんなにも明るいお顔で笑ってる彼なのが、セナの側にもひどく嬉しくてたまらない。
「行こっvv
 手を伸ばして腕を取り、正門までのあと少しを歩き始める。背丈の違いからお隣り同士に並ぶとスタンスとかの差もあって大変な筈なんだけど、
“…あれ?”
 物凄くゆっくりと歩いている水町君だって気がついた。あのね、それって進さんが、セナくんと街で歩く時なんかに、わざわざ構えて下さる気遣いと同じだったから、
“ふ〜ん…。”
 そんなことまで出来ちゃうんだって、ますます感心しちゃってね。
“…アメリカ(向こう)で カノジョとか出来たのかな?”
 蓮っ葉で短絡的な発想ではあるけれど、お年頃の青少年が“思いやり”という方向で一気に成長するのに、これほど効果のある動機は他にはないのも事実だからね。うふふと楽しげに笑ってたセナくんの視野に、

  “あ………。////////

 何かが掠めたその途端。頭上で若葉に負けそうになってる桜が盛り返したかのような、ほのかな緋色が彼の頬へとふわりと上ってね? それからあのその、
「えと、あのね…。」
 モジモジしちゃった丁度そこへと、後から追いついて水町君へと声を掛けて来た子たちがあったものだから、
「じゃあ、ここでね。」
 先に行くねと足早になった小さな先輩。あれあれ?と見送ればその先には………。

  「………あ、そっか。」

 随分と精悍で大人びた風貌の、背条のピンと伸びた上級生。黒髪をざんばらに刈ったところが、されどワイルドな方向には向かず、涼やかに凛然とした風貌へと落ち着いて見えるのは、濃色の眸の冴えがそりゃあ深くて澄んでいるからだろうか。傍らまで駆け寄って来たセナくんを、それは和んだ眼差しで迎え入れた顔見知りの先輩で、
“お兄様、か。”
 確か、シンとかいう短い名前の三年生で。セナくんとは“公認されてる、校内でだけの兄弟”って間柄の人だとか。
“………って、駿が言ってたけど。”
 恐らくはご挨拶とかお天気のお話だとか。まるでお気に入りの先生に懐いてる子供みたいに、甘えかかるようなお顔で話しているらしきセナを見ていると。さっきまでのお兄さんぶりはどこへやらで、一気に“下級生”に戻ってしまっていて、
“可愛いよな〜vv
 威厳がなかった訳じゃあないが、あっちのお顔の方が断然いいって思えちゃう。その点は、周囲に集まってたクラスメートたちも同感なのか、
「可愛いよな〜、小早川さん。」
「進先輩が無愛想な人だから、尚のこと可愛いんだよな〜。」
 おいおい、もっと先輩へなんてコトを。
(苦笑) ちょっぴり意外なことに、下級生たちからの受けが随分と良いらしいセナくんなようで。とはいえ、彼にはもう“お兄様”がいらっさる身。だからって親しくするのに制限がかかるということはないが、それでもね。
本物の騎士様みたいに威風堂々、立派に守っていらっしゃるあの先輩さんより勝る男でない限り、そうそう気安く近づいちゃいけないような気がしてサ。
「…なんで?」
 キョトンとしもって訊いたらば、お前はなぁ〜っと呆れられた水町くん。大体お前は抜け駆けばっかしやがってよと、冗談半分ながらもお叱りが殺到しそうになったので、慌てて昇降口へと駆け足で向かう。校門脇の桜の枝の下、丁度傍らを通り過ぎかけたところでね、小さい方の先輩さんが“くすすvv”と笑いながらこんなお声をかけて来た。

  「青葉祭では手加減しないからね。」

 縦割りのチーム分けでは、A組の自分とB組のセナとは別チーム。それを言ってる彼だというのが、しかもしかも、思い切りにっぱしと笑ってのお言葉だったのが、

  “やっぱ可愛いよな〜vv

 水町くんやそのクラスメートたちのみならず、そこに居合わせたほとんどの面々が同じことを思ってしまったほどのキュートさでありvv

  「進も進だよね〜。」

 あんな可愛いの、何でまた隠すなりとっとと連れ去るなりしないかな、他の子に狙われて危ないじゃないの…だなんて。こちらさんまでもが“おいおい”なお言いようをしているのは。少し離れた校舎の屋上、柔らかそうな亜麻色の髪を陽に暖めつつ、小さなオペラグラスで一部始終を見下ろしていた桜庭さんだったのだけれども、
「………。」
 そのすぐ傍ら、こちらさんは裸眼のままで同じ情景を眺めていた金髪の君。どこか思うところがあるというような雰囲気のままにて。仔犬のような屈託のなさで、お元気にじゃれ合いながら校舎へと駆け込んで来る後輩さんたちから、しばしその視線を外せずにいたりして。

  “………何なんだろうな。”

 一際目立つ風貌をしているという点以外でも、少々気になる新入生のその片割れ。セナに懐いているのは、ただ懐かしいからだろうか? 何やら思うところがあっての疑心がついつい沸いてしまうらしき凄腕の諜報員様が、淡灰色の眸に神経質そうな気色を乗せて普段よりもやや鋭く眇めていらっしゃる。されど、
「妖一?」
 どうかした?と声をかけられると、何でもないよと苦笑する辺り。………こちらさんもまた、秘密裡に何かを思ってらっしゃるようであり。あちこちで様々に、ひたひたと静かに潜行中の何かは、けどでも、今のところは…どなたの思惑も“様子見”でとどまっている模様。白騎士学園の今年の春は、微妙な熱をはらんだままにて、こうして通り過ぎようとしかかっているらしいです。




  〜Fine〜  05.4.19.〜4.20.

  *ぼんやりしているうちに、ああもう連休が近づいてるじゃあありませんか。
   というわけで、ちょこっと慌てもっての“新学期開始”篇です。
   ああもう、ほんっとに、なかなか本論へ雪崩れ込めなくって。
   書いてる本人が一番“んきぃ〜〜〜っ”となっております。
(苦笑)

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